« 霜の朝  3 | トップページ | 修行者の想い »

2016年1月24日 (日)

古えを偲ぶ

いつの頃までか、吉田(現在の豊橋)と信州(長野、おそらく飯田か?)を結ぶ重要な交易路があった、その街道は四谷(現在の新城市四谷)から神田(”かだ”と読みます、現在の設楽町神田)を抜けていた。
現在は仏坂トンネルが出来、一気に神田へ入ってしまいますが、昔は仏坂峠(標高622M)まで四谷の集落から400M以上を上る難所であったと思われる。
その途中の岩壁に何体かの”馬頭観音”の石仏が祀られている。
街道の一番高いところ”仏坂峠”にも、何体かの石仏が祀られているが、こちらは荒れるがままにと言う感じで、少々寂しい感がある。

今回は四谷の集落にある”馬頭観音”を撮影しに行ってきました。本当はこの冬一番の冷え込みで、温暖な豊橋でもうっすらと雪が積もったので、雪を纏った石仏を期待していたのですが、それは叶いませんでした。

”馬頭観音”とは、トラックなどなかった頃は”馬”が重要な運搬荷役の役割を果たしていて、その馬が死んだあと祀ったのが”馬頭観音”だそうです。
たとえ馬でも、人間のために働いてくれたことに感謝する気持ちの表れだと思います。
現代に生きる私たちに、何事に対しても感謝し、いたわる、そういう優しさがあるのだろうか?

Batoukannon_8658_20160120

 

Batoukannon_8630_20160120

 

Batoukannon_8635_20160120

 

Batoukannon_8638_20160120

 

Batoukannon_8642_20160120

 

Batoukannon_8643_20160120

 

Batoukannon_8651_20160120

 

Batoukannon_8653_20160120

 

Batoukannon_8631_20160120

 
 
※画像はクリックしていただくと、大きなサイズでご覧いただけます。※ 

|

« 霜の朝  3 | トップページ | 修行者の想い »

その他」カテゴリの記事

コメント

雪の日に仏坂まで行ったのですね。
石仏は雪を被ってなかったようですが、道路にも雪は無かったのでしょうか?
車が冬用の装備をしてないので、雪の降った後にあちら方面には行けません。

石仏はモノクロの方が雰囲気有りますね。
雪が有れば尚良かったでしょうが、こればかりは・・・。

塩の道、この地方でも何本も有ります。
R152、R153も塩の道で、他にも有るようです。
太平洋側からもですが、日本海側からも内陸へと塩の道が有ります。

投稿: 季楽 | 2016年1月24日 (日) 23時40分

季楽さん、おはようございます。
雪をかぶった石仏に、朝日がサッと差し込む、なんて
情景を期待して行ったのですが、そんなに甘くはないですね。
新城を過ぎると、道路にも全く雪がなく、すいすいでした。

苔むした石仏、何十年何百年と世の動きを見つめ続けて
来たかと思うと、そこに在るというだけで重みが感じられました。

投稿: イナ | 2016年1月25日 (月) 09時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1214268/63575077

この記事へのトラックバック一覧です: 古えを偲ぶ:

« 霜の朝  3 | トップページ | 修行者の想い »