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2013年3月10日 (日)

朽ちるとは・・・

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朽ちるとは一体どういうことなのか。
朽ち果てやがて水の底に沈んでいく蒲、
時間はかかるけれど同じ運命の倒木。
この光景を見ていて、ふとそんなことを
思った。

人の目からはその存在が消えてしまっても、
蒲や倒木の命がそれでまったく終わってしまう
ということではないだろう。
彼らの命は、多くの他の生物の力を借り、
そして多くのの生物の生きる糧となり、
やがて又新しい命として蘇るのだろう。

何千年、何万年、何億年とそうして命は、
絶えることなく受け継がれて来たに違いないし、
そう思いたい。

キラキラと光る水面を見ていて、命のはかなさと
命の大きさを思ってしまうのは、考えすぎか・・・

人間ことに近年の日本は、生物の命の循環
と言う見方からすると、ちょっと摂理にそむいて
いるようにも思える。
 
 

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コメント

朽ち果てた植物の姿に心惹かれるのはどうしてなのか、私も時々考えます。
全ての営みを成し終えて大地に帰って再生を繰り返す、単純なようでとても荘厳な長い時間をかけた儀式の様にも思えます。
美しくはないかもしれないけれど生きた証に雪が降ったり光がさしたり、それがきっと最後のご褒美のようで「お疲れ様」と声をかけたくなるのです。
人間の生きる姿は多様ですね。
もう少し簡素で単純で楽にならないものかと思いますよ。
どうしても見栄や欲が前に立ちはだかって逆に醜い姿をさらしているように思えてなりません。
ちょっとカタッテしまいました。別に飲んではいませんよ(笑)

投稿: C-NA | 2013年3月10日 (日) 19時42分

C-NAさん こんばんは。
コメントありがとうございます。
寂しげで、美しいとはいえない画像なんかを
掲載して、顰蹙を買うのではと思っていましたが、
同じように消え行く前の姿に関心をお持ちの方が
一人でもいらっしゃったかと、妙に安心しています。
精一杯生きて、やるべきことを成し遂げて、
あとは自然の摂理に任せて、朽ち果てていく
そんな生き方がしたいと思います。
こんなことを考えるのも、朽ち果てると言うことが
現実味を帯びてきた年代の人間だからでしょうね。
朽ち果てる前に、植物たちのたくましく生きている
姿を沢山見て、少しでも元気のおすそ分けをいただきたい
と、思います。

投稿: イナ | 2013年3月10日 (日) 20時36分

難しい話ですが、写真は単純に好きです。
上部の暗い部分が、テーマを一層引き立てています。
植物が朽ちていく姿、訴えかけてくるものがありますね。
精一杯生きてきた証なのでしょうね。
ごめんなさい、軽いコメントで。
次には、是非明日に希望を持てる写真を。

投稿: やまぼうし | 2013年3月10日 (日) 22時22分

やまぼうしさん こんにちは。
やまぼうしさんも時々枯れ草などを撮って見えますので、
朽ち行く姿に関心がおありかなと思っていました。
朽ちていく姿は、どうしても明るいイメージには
なりませんが、どこか惹かれるものがあります。
今日3月11日は明るいイメージですよ!

投稿: イナ | 2013年3月11日 (月) 12時16分

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